下半身は?問われた寂聴さん 愛と平和とぎりぎりの半生 - 朝日新聞
97歳になった今も現役で書き続ける作家の瀬戸内寂聴さんは、愛を語り、平和を訴えています。2015年に始まった連載「寂聴 残された日々」を大阪本社で担当していた奈良 ...
(出典:朝日新聞)


瀬戸内 寂聴(せとうち じゃくちょう、1922年(大正11年)5月15日 - )は、日本の小説家、天台宗の尼僧。俗名晴美。京都府在住。 僧位は権大僧正。1997年文化功労者、2006年文化勲章。学歴は徳島県立高等女学校(現:徳島県立城東高等学校)、東京女子大学国語専攻部卒業。学位は文学士(東京女子大
43キロバイト (6,420 語) - 2019年6月21日 (金) 05:20



(出典 massu-treblo.com)


瀬戸内寂聴さんは、愛を語りへいわを

1 鴉 ★ :2019/08/20(火) 17:49:41.34

97歳になった今も現役で書き続ける作家の瀬戸内寂聴さんは、愛を語り、平和を訴えています。2015年に始まった連載「寂聴 残された日々」を大阪本社で担当していた奈良総局の岡田匠記者が、寂聴さんから聞いた言葉やエピソードを紹介します。

     ◇

 戦争を知る世代の言葉は重い。まして、ペン1本で言葉を紡いできた作家のものなら、なおさら心に刺さる。
 大正、昭和、平成、令和を生きる瀬戸内寂聴さん(97)が戦争について語った言葉が印象深い。
 「お国のため、東洋平和のため、天皇陛下のため、いろいろと理屈をつけ、正しい戦争と教えられた。でも、戦争にいい戦争はない。すべて人*です」
 そして、こう続けた。
 「戦争に負け、正しい戦争と信じてきた自分の愚かさに気づいた。これからは自分の目で見て、耳で聞いて、心で感じたことだけを信じていくと決めた。これが私の戦後の革命でした」
 この言葉を聞いたのは2015年、安倍政権が安全保障法制の成立をめざしたころ。国会前で抗議のデモが繰り広げられていた。京都から車いすで駆けつけた寂聴さんは「すぐ後ろに軍靴(ぐんか)の音が聞こえるような時代になった」と表現した。
 当時93歳。その1年前に背骨の圧迫骨折で入院し、胆囊(たんのう)がんの手術を受けた。退院後も4カ月間、寝たきりのような状態だった。病み上がりにもかかわらず、突然、「国会前に行く。そのまま*でもいい」と秘書に告げた。デモのわずか2日前のことだ。

朝日新聞社
https://www.asahi.com/articles/ASM6S656NM6SPOMB014.html





6 (´・ω・`)(`ハ´  )さん :2019/08/20(火) 17:51:30.62

>>1
いや、おまえ「瀬戸際難聴」だし。